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なくてぞ人は……
脳の構造と機能(仕組みと働き)は、戦争や事故などで脳の一部に損傷を受けた人を克明に観察することで分かってきたという歴史があります。そんなものかな、としみじみ思います。
失って初めて、失ったものの意味を知る……胃を取って胃が何か分かり、腎不全になって腎臓の役割が分かり、戦争になって平和のありがたさが分かり、年を取って青春の意味が分かります。
友とも別れて初めて友と知り、ふるさとも離れて初めてふるさとと知ります。
ですから、逆説的ですが、平和とか友、ふるさと、青春などを身に沁みて知らない人は幸せとも言えます。
ある人が「私の肝臓は全く問題ないと思いますよ。その証拠に肝臓がどこにあるのか知らないですから」と言ったというのは至言なんですね。
以前、小欄で「見当識」について書いたことがあります(No19)。認知症が疑われる人の検査ではその障害の有無が必ず確認されます。
今日がいつで、自分がどこに何のためにいるのか、そんな誰でも自然と把握していることを聞くのです(日時は聞かれると戸惑うこともあります。私も検査しながら「あれっ、今日は何日だっけ」とそっとカレンダーを盗み見することが度々です。でも、今日が昨日と違うことが分かればいいのです)。
こんな当たり前の能力が失われ、さらにそれへの自覚がないということに認知症の深刻さがありますが、見当識の重要性は、失って初めて分かるという面があります。
自然、当然のようなことこそ、失われないと分からないものですね。
あるときは
ありのすさびに憎かりき
なくてぞ人は恋しかりけれ
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